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経済学で紐解くダークソウルの貨幣論【ソウルの価値はどうして変動するのか?】

経済学で紐解くダークソウルの貨幣論

どうも、のうみです。

お金、それは人類が生みだした国境も文化も超越する信仰のようなものであり、誰もがその甘美な魅力に惹きよせられる、まるで光に集まる羽虫の如く。

ダークソウルを愛する紳士淑女、不死人、狩人、狼の皆さん、お久しぶりです。

行き成りですが、どうしてソウルが貨幣として武器や防具や糞団子と交換できるのか、ダクソ民なら誰だって知っているはず。

不死人にとってソウルとは自我を保つために必要不可欠な力であり、生者を取り戻す人間精ですら数に限りはありますがソウルとの交換が可能。

この事からも、不死人にとってソウルは何物にも代えがたい極めて貴重なものであることが分かります。

レベルアップの為にソウルを使用できることに理由があるように、貨幣として使用できることにもゲーム上のご都合主義では無く明確な理由があるのでは無いかと思い立ち、自分なりに考えをまとめてみました。

ダクソ無印の三つの硬貨のテキストを確認すると取引の場において貨幣【通貨】は存在し、少なくとも人の世では硬貨により経済が回っていたことが分かります。

ですが、不死人の間で取引できる貨幣はソウルだけ。

ソウルが不死人の間で不変的な価値だと思い込んでるいるかも知れませんが、実はそうではありません。

ゲーム中ではアイテムを売買している対象者や特殊条件によって、その価値が変動していることは周知の事実ですがソウルの価値が時代と共に大きく変動していることを理解している方は少ないと思います。

私たちの生きている現実世界と同じくダクソ世界でも、貨幣の価値は経済状況に連動して変化しています。

現実世界の貨幣価値の変動はダクソ世界よりも多くの経済的或いは地政学的要因などが複雑に絡み合っていますが、だからダクソ世界は単純かと言うとそうでもありません。

ダクソの世界観の解釈はプレイヤーごとに愛すべき浪漫があると思うので、論点がブレないようにする為に重要なキーワードに関しては以下の前提条件で語ることにします。

神々【創造主。世界或いは古竜の中に宿っている意思。伝記上の神々。時代や世界によって呼び名は異なる。クァト、ドロマ、ネフェエなど。上位者、高次元存在。】

王たち【はじまりの火の闇より生まれた王。王のソウルの見出した者。最初の死者、ニト イザリスの魔女と、混沌の娘たち太陽の光の王グウィンと、彼の騎士たち。生命。】

人【はじまりの火の闇より生まれた王。王のソウルの見出した者。誰も知らぬ影の小人の末裔。ダークソウルの継承者。小人の王、ダークレイス、人間。生命。】

はじまりの火から与えられる生命エネルギー【神々の力→供給】

ソウル【闇から生まれた生命が与えられた神々の力から得た力→需要】

上記の前提条件を見て分かる通りはじまりの火から与えられるエネルギーソウルを区別して考えています。

その理由はダクソ無印のプロローグに語られています。

古い時代 世界はまだ分かたれず、霧に覆われ 灰色の岩と大樹と、朽ちぬ古竜ばかりがあった

だが、いつかはじめての火がおこり 火と共に差異がもたらされた 熱と冷たさと 生と死と そして、光と闇と

そして、闇より生まれた幾匹かが火に惹かれ、王のソウルを見出した

最初の死者、ニト イザリスの魔女と、混沌の娘たち

太陽の光の王グウィンと、彼の騎士たち

そして、誰も知らぬ影の小人 それらは王の力を得、古竜に戦いを挑んだ

グウィンの雷が、岩のウロコを貫き 魔女の火災は嵐となり

死の瘴気がニトによって解き放たれた

そして、ウロコのない白竜、シースの裏切りにより、

ついに古竜は敗れた 火の時代のはじまりだ

だが、やがて火は消え、暗闇だけが残る

今や、火はまさに消えかけ、人の世には届かず、夜ばかりが続き

人の中に、呪われたダークリングが現れはじめていた…

引用元:www.darksouls.jp

はじまりの火→差異の発生→その差異【闇】から這い出た生命、その幾匹かがはじまりの火から王のソウルを見出したと語られています。

幾匹という、まるで蟲でも扱うようなニュアンスから、光の差異、闇つまり深淵に潜んでいた原初生命は微かなソウルしか持ち合わしていない人の形とはかけ離れた極めて脆弱な生命だったと思います。

王のソウルとは、生命が進化という途方もない長い時の中で積み上げられた末に、頂点に君臨する王たちとその片割れだけが持つ尋常ならざるソウルのこと。

余談ですが、差異の無い古い時代に触れたプロローグの冒頭で朽ちぬ古竜が灰色の岩と大樹と同等に物質的に扱われ『あった』と表現されてるのは本当に興味深い。

こうして改めてプロローグを見るといろんな妄想が膨らみますが今回の投稿ではスルーします。

それと、経済学で紐解くと大風呂敷を広げていますが、経済要素が30%ダクソ要素が70%とかなりダクソに偏った解説になっています。

それでも、数多のダクソプレイヤーに対して経済という目覚めを促し、認識を深める瞳を植え付けることができたなら幸いです。

若干長文ではありますが、読み終えた後に経済学そしてMMT【現代貨幣理論】について興味を持って貰えることを願っています。

ちなみに、MMTとはModern Money Theoryの略であり、その理論による主張は以下の三つの要点に集約されます。

自国通貨を発行できる政府及び中央銀行は財政赤字を拡大しても債務不履行【デフォルト】になることはない。

財政赤字でも国は過度なインフレが起きない範囲で支出を行い需要を喚起する。

税は財源ではなく貨幣を流通させる仕組みであり過度なインフレの調整弁としての役割りがある。

余り知られていないのですが、財務省の公式資料にも記載があるように国債を自国通貨で発行する限りは通貨発行権もつ日本政府【日本銀行】は債務不履行にはならないと認めています。

後半でMMTについては簡単にですが解説しますので、今は分からなくてもまったく問題無いので安心して読み進めてください。

先に言っておきますが終盤からちょっと着いてこれない方も出てくるかもしれませんので先に謝っておきます、ごめんねw

ですが、余り親しみの無い経済用語には簡潔な解説やイラストを入れているので最後まで読んでみてください。

その結果、このブログ史上最長の文字量になってしまいましたが、のうみが一晩でやってくれましたw

それと経済学とダクソの二つの言論界を跨ぐので多くの識者によっての不要な論争を避ける為、この投稿は私の中での物語であること理解して読んでほしい…そうしないと双方からツッコミ入りそうで怖いからw

二つの異なる世界を交わらす危険な行為ですが、ダクソ世界だって異なる世界や時間が交わり生まれたお伽噺(おとぎばなし)なのだから、糞団子を貴公のエスト瓶に突っ込む愚行を許してほしい。

火の時代と闇の時代の狭間の世界について

まずはソウルを得た者たちが繁栄し、光り輝く生命が謳歌する世界『火の時代』とは何だったのかということを理解する必要があります。

結論を先に言います、火の時代とはソウルの適度なインフレーションが起こっている世界です。

適度なインフレとは、需給が適切なバランスを保たれたインフレ状況であり、最近見かけなくなったメディア御用達の日本経済破綻論者が盲目的に語るハイパーインフレーションでは無いのであしからず。

ですが、確かにインフレには幾つか種類があり物価ばかりが極端に上昇する悪いインフレもあるので、ここで言うインフレとは賃金も物価も上昇する良いインフレと定義させてもらいます。

インフレとは、経済活動における財とサービスの価格の上昇を意味し、物価の上昇により貨幣の価値が財とサービスの価値よりも相対的に低下するため、貨幣価値の低下とも言える。

はじまりの火の差異である闇から生まれた者たちが得た需要に満ち溢れた世界にはソウルの利用者たる生命が繁栄していた。

需要とは一体何なのかというと、それは認識する力であり、そこから生まれる欲望や渇望つまりソウルのこと。

王たちや人を含めて、闇より生まれし生命にとっては他者を認識し世界を観測することで生まれる愛や憎悪や探求などの自己意識こそが生きる意味の源=需要なのでは無いのか?

無印オープニングにあるように生命は全て闇より生まれし者ですが、その中でも人は他の王たちには無い業(ごう)或いは人間精を内に秘め、いずれ訪れる闇の時代に適合する稀有な存在なのでしょう。

インフレによりソウルの貨幣価値は希薄化していくことになりますが、冒頭でも言ったように硬貨を主とする貨幣システムがダクソ世界には存在する。

しかも、三つの硬貨のテキストにあるように貨幣システムはあくまでも欲深い人の間での取引でしか流通していない感じで記されているとは何とも皮肉なことです。

あくまでも生者としての繁栄した時代の人の世でのみ取引に利用された可能性が極めて高いと思います。

ただ、王たちや国家間で硬貨をまったく使用していないとは考えれず、もしかしたら差別的扱いを受けた欲深く卑しい人間に両替商や高利貸しなどの貨幣に関わる商を任せていたのかも知れません。

生きる意味さえも人の手に掛かれば硬貨という経済的な貨幣価値によって置き換えられた、その有様を見たら王たちから欲深く卑しいと思われても仕方が無いかも?

こんなことだから、人はいつかソウルを独占しようとするだろ!→おっしゃ、そんじゃボコして幽閉しちゃえ!→その中ですら搾取し合うの!?

これには、さすがに王たちも人間ってやっぱりヤベェ奴らやんってドン引きしたのでしょう。

正直言うと王たちも大概なことしてるとは思いますが、全ては宿命付けられた定めだったのか?

ダークリングという祝福という名の呪い、生命の埋まらぬ喪失感とそこから生まれる渇望には底が無く救いも無いのか?

ちなみにこちらがダクソ無印の硬貨のテキスト。※重複部分を一部省略しています。

金の硬貨【金で作られた硬貨 中央は主神ロイドと彼の白い光輪である 人の世ではきわめて価値の高い金貨もソウルが貨幣のロードランではあまり意味が無い】

銀の硬貨【銀で作られた硬貨 中央は伝説の騎士王レンドルの肖像である 人の世では価値の高い銀貨もソウルが貨幣のロードランではあまり意味が無い】

銅の硬貨【銅で作られた硬貨 中央は酒と薬の神マクロイフ親父の横顔である 人の世界ではそれなりに価値のある銅貨もソウルが貨幣のロードランではあまり意味が無い】

気になったのが金貨【ロイド】と銅貨【マクロイフ】は神々なのに対して、どうして銀貨【レンドル】だけ生命【王たち或いは人】なのか?

伝説の騎士王と呼ばれてるから、英雄譚から生まれ語り継がれるレンドルは生命にとっては神々と同等の扱いなのかな?

ダークソウルの世界ってかなり思い込みによって構成されてる部位分が多いんですよね、人も王たちでさえも神々が与えたソウルの本質を曲解して利用していると私は思っています。

余談ですが、ダクソ3にて錆びついた金貨と錆びついた銅貨はあるのに、錆びついた銀貨が無いのも面白い。

レンドルには神々の力【発見力の上昇】は宿ることは無かったのは、つまりは彼は人にとっての繁栄の象徴的存在に過ぎなかったということだった…と思いましたが、全然違いましたw

ダクソ3での錆びついた金貨と錆びついた銅貨のフォルムがダクソ無印での金の硬貨と銅の硬貨とは違い、どうやら通貨として使用された時代や文化が異なり関連性は無さそうです。

では、ダークソウルシリーズでプレイヤーが奮闘する不死人によって支配された世界はどのような経済状況と言えるのでしょうか?

私はこの世界の事を『黄昏(たそがれ)の時代』と呼んでいます。

厳密に言うとダクソ無印、ダクソ2、ダクソ3の世界の状況はそれぞれ異なりシリーズ内でもアイテムの価値が変動している部分もありますが、この投稿では黄昏の時代で統一させてもらいます。

皆さんが何となく察しているとは思いますが、黄昏の時代はソウルの緩やかなデフレーションが起こっている世界

まさに現実世界の今の日本経済状況と同じと言えば、とても分かり易いと思います。

ダクソ無印のエンディングにあるダークソウルの継承者たる闇の王が支配する世界『闇の時代』に関しては富がたった一人の手に一極集中した完璧なディストピア世界って感じです。

デフレとは、経済活動における財とサービスの価格の下落を意味し、物価の下落により貨幣の価値が財とサービスの価値よりも相対的に上昇するため、貨幣価値の上昇とも言える。

黄昏の時代のソウルの価値は極めて高く貴重で持てる者だけがソウルを得る格差社会であり、人は不死人となり他者から限りあるソウルを搾取する世界へと変容し、生者としてソウルを探求する者なども少なからず存在はしましたが、大半はソウルを奪う亡者となっています。

終わりゆく世界にダークソウルを受け継ぐ人のみがこの世界に順応するように出来ていることは救いなのか悲劇なのか考えさせられます。

ですが、闇が存在する限りその差異も失われることは無く、この世界から相反する存在だけが消失することなど絶対にあり得ないのですけどね。

ダークソウルはダクソ無印のプロローグ通りの順序通りなら、はじまりの火というパンドラの箱に残った希望であり、火は陰り消えゆく世界を新たな世界へ繋ぐための神々が仕掛けた安全装置だと思います。

人とは、不死人つまり亡者こそが本来の姿であり、生者とは火の時代を維持する為の火継ぎのシステムによって生まれた仮初の姿

火の時代を維持する火継ぎとは神々によって確立されていた循環の輪を欺き、そして闇の時代を回避する為に王たちと世界の蛇が生みだした偽りの循環の輪なのではないでしょうか?

それでは、『灰の時代』とは何だったのか。

これは差異の無い全てが一つになっている時代、つまり需給の無い世界

ソウルのインフレもデフレも無く、神々の意思だけが在る世界。

差異が無いのに神の意思が在るは矛盾しますが、そもそも彼らの意思は世界と分かたれず一つになっているのではないのか?

強いて認識しているものがあるとするなら、世界【自己意識】のみを認識しているのかも?

まぁ、ここら辺は浪漫として妄想するしかなくて生命が行き着く果ての存在である彼らを人の思考に縛られてる我々には、永遠に認識も理解も出来ないのかも知れません。

経済学で紐解くダークソウルの貨幣論

ですが、生命には創造主たる神々の意思を組み込まれているのか、神も王も巨人も人さえも等しく行き着くところは世界との一体化【石、大樹、木、灰】だとするなら生命の火継ぎ【火→黄昏→火】が無くとも神々の循環の輪【火→黄昏→闇→灰→火】は、はじまりの火が発生した時点で、数多の世界と時代を時の螺旋状で幾度となく繰り返そうとも世界の終焉【完全なる同化】は不可避だったと思います。

朽ちぬ古竜は王たちに倒されるべく存在し、真の不死とはウロコの結晶によって傷が再生して死なないことでも無くて、失われることなく世界と完全に同化している状態が真の不死【朽ちぬ遺志】なのかも?

では、どうして本来は無限の供給だったはずの、はじまりの火から与えられるエネルギーがどうして限りあるものになったのでしょうか?

ソウルの供給者とソウルの利用者

神々とはソウルの供給者であり、王たちと人を含む生命はソウルの利用者でしかありません。

両者には絶対的に超えれない壁があり、それはイザリスの魔女と、混沌の娘たちが試みた火の創造とその禁忌の代償を見れば明らかです。

しかし、火の時代において闇の時代の到来を恐れた王たちと彼らに追いやられた人も互いに、はじまりの火からもたらされる際限なき供給【神々の理】を疑い、人はソウルを奪い始めたのでは?

王たちの火の陰ることへの恐れが、人を幽閉【ダークレイスは古ロンド、小人の王たちは輪の都】するに至り、人の闇の時代へ順応する安全装置としての機能を歪めて利用したのが火継ぎ【偽りの循環の輪】なのでしょう。

火継ぎのシステムとは、こうした生命の業すらも考慮して構築された神々の理に抗うシステムだとしたら、王たちも世界の蛇も本当に策士ですね。

経済学で紐解くダークソウルの貨幣論

上記のイラストにある通り、黄昏の時代から再び火の時代を取り戻すためには、ダクソ無印の火継ぎのエンディングにあるように散らばったソウルの集約によって主人公が消えかけの火の薪となり再点火するしかなかったのか?

もしかしたら、神々の理を疑うことなく信じて需要【認識する力】を高めることで生命【王たちと人】が需要をコントロールが出来たのではないか?

王たちは火の時代の陰る宿命に抗いそして恐れ、人がソウル奪い始めたことで起こるはずは無かったはじまりの火から与えられる神々の際限無き供給は本当に終焉を迎えることになったとしたら?

火の陰る時代は、この供給を奪い合うことで需要を満たし、神々への信仰は薄れ、祝福という恩恵も失われ始めたのでは無いのか?

黄昏の時代とは信仰を失ったが故に本当に神の意思さえも薄れてしまった闇の時代に突き進む世界だと私は考えています。

ソウルとは本来奪い合えば足らぬが、分け合えば誰もが満たされるはずだったにも関わらず『生命の業』が『神々の理』を壊した

火の時代とは想像主たる神々に向けられた信仰、そして創造物たる生命への祝福によって成立していた、信仰と祝福によって互いを認識する思い込みに近い相互依存の関係によって成立していたのではないか?

例え、それが思い込みだとしても、そこに在った神々への信仰から生まれた認識共同体こそが世界繋ぎ止める極めて重要な鍵だったのでは無いのでしょうか?

認識共同体とは、物事を見分けて知り、そして判断する共同体。同じ思想を持つ者によって構成された社会集団のことです。

ダクソの世界では観測者は神々だけでなく、我々プレイヤーもその一部であるとするなら、これも認識する力として世界を構築するシステムに組み込まれてると思うとそこに浪漫を感じる。

そもそも、主人公を認識してダクソ世界の行く末を観測し選択しているプレイヤーとの深い繋がりが主人公との文字通りの次元を超えた絆として作用しているのは間違いないかと思います。

これも浪漫ですが灰の時代のはじまりの火の再点火にもプレイヤーが関わってると思うと、さらに妄想は膨らみますよね。

人が獲得したダークソウルには闇の時代に向かい、そして順応する性質を授かり、仕方がないことなのだったのかも知れないけど、それを取り込んだ偽りの循環の輪である火継ぎの終焉は不可避だった。

ですが、不可避でありながらも神々の理を壊す切っ掛けの根幹にあるのは、ソウルへの誤った解釈が生んだソウルのプール論だと私は思います。

私の仮説するソウルのプール論とは、神々の祝福の独占やソウルの搾取により生まれた、はじまりの火から与えられるエネルギー有限化のこと。

このソウルのプール論から生まれた悪手は以下の三つだと思います。

神々の理を信じることができなかった生命の業【尋常ならざる巨大なソウルを持っているがソウルを蓄えることができない王たち、ソウルを無限に蓄えれる欲深い人間たち、恐らくこの両者の埋まらぬ溝が火継ぎの有無に関わらず闇の時代に向かう神々が仕組んだ致命的な毒として作用】

王たちの人への恐れからの生まれた差別【人のみが持つ無限の器に秘めたソウルの蓄積と際限の無い搾取を危険視して隔離又は幽閉による弾圧】

王たちの中で暗躍する者たちの策略【内部勢力及び他国からの勢力を含む火継ぎ懐疑派やソウル破綻論者による火継ぎ肯定派への破壊工作】

神々も王たちも人も決して一枚岩では無いのがダクソシリーズ通しも明らかであり、誰かだけが悪いとかもあるはずもなく全てに罪深い業をある。

王の近くに寄り添い闇の世界を望む者、亡者であることを願う者、様々な価値観が渦巻く中で主人公の手に世界の向かうべき方向が託されますが、仮に火継ぎが無くとも世界は神々の理を失い、闇の時代を迎えて全てが朽ち果てた後に灰の時代へ移行する、これがダクソ世界の避けることの出来ない真理なのかもしれません。

経済も闇の時代になる定めなのか?

残念ながらダクソ世界では、火の時代から黄昏の時代を経て、どう抗おうとも闇の時代に堕ちるのは宿命なのでしょう。

火の陰りは文明の栄枯衰退の定めなのか神々のもたらした毒なのかは分かりませんが、これこそが生命に課せられた逃れることの出来ない原罪なのか?

どんなに抗ってもソウルの需給を適切にコントロールすることが出来きないダクソ世界。

黄昏の時代、そして闇の時代へとその道を歩む流れを生みだしたことへの罪人であることへの言い逃れは誰もできませんが、王たちの神々に抗う行為として創り上げた火継ぎが果たして禁忌だったのか?

火の時代の終焉は定められ、必然的に闇の時代を迎え闇の王は全てのソウルを己に取り込み、誰も王を認識する他者が存在しなくなれば王さえも灰となり世界は灰の時代へと移行し、燻り続ける灰の中から再びはじまりの火が生まれる。

こうした破壊的創造という文明の終焉を避ける為に王たちは歪み穢れた火だとしても、火の時代を維持する火継ぎこそが世界にとって短く儚いものだったとしても生命の安寧の時を願ったことが罪と言えるのか?

闇の時代を望む者たちも、人本来の在るべき姿と世界を望んだというよりも、繰り返すこの世界の終焉を望む気持ちも少し納得できますよね。

生命には闇へと向かう業が内在し、穢れは血に宿り、澱みは魂を蝕み、そして人のみにダークリングが現れはじめた。

その澱み【人間精】は火継ぎによって凝縮され深淵の底のさらに底に溜り、はじまりの火の差異によって生まれた闇より発生する原始生命の起源となってるのか?

だからこそ、闇から這い出た生命は自分たちに欠落した或いは失われた光を求めたが、それを受け入れる者もいれば拒絶するものいる。

奇跡『家路』より

高位の聖職者の使う偉大な奇跡の1つ 最後に休息した篝火に戻る

本来は故郷への帰還を可能にするが 不死の呪いがそれを歪めている あるいは、篝火が不死の故郷なのか

この帰路のテキストが示す『本来の故郷』とは、使用者【主人公】の二度と帰れない不死人になる前の生家のことだと思っていました。

ですが、不死の呪いが歪めた本来戻るべき場所である篝火が歪めた生命の故郷とは闇【深淵】なのかも?

最後に余談ですが、ダークソウルは英訳タイトルではDARK SOULSですよね。

DARK SOUL【ダークソウル】ではなくDARK SOULS【ダークソウル】なのはダークソウル継承する末裔たちの物語と思ってましたが、そうでは無くて、これは異なる種類や性質のことを示し、ダークソウルに秘めた生命の多様性と無限の可能性を表しているのでは無いのでしょうか?

まぁ、その多様性こそが毒とも思えるし、可能性の中には当然ながら世界を終わらせる可能性も秘めてる訳だから、良いことばかりじゃないよね。

ここからが本当のMMTだ!

ここまで語ったことが何となく現実世界の経済とリンクしていることを感じてくれたでしょうか?

ここからはダクソの世界観【火の時代と黄昏の時代】をイメージして考えると頭に入り易いと思います。

もしも、厳しそうならサラっと流し読みでも良いので読んでくれたら、ダクソ並みに深い経済の深淵に触れるが出来るはずです。

どんな感じにリンクしてるかと言うと、神々の役割りが現実世界の政府及び中央銀行という感じですね。

神々→政府及び中央銀行【日本銀行】→貨幣の発行者【政府は国債発行、日銀は貨幣発行】

王たち→民間企業【財務】→貨幣の利用者

人→国民【家計】→貨幣の利用者

そして、生命エネルギーやソウルは現実世界のお金【貨幣】ですが、同時に需給関係にあることからGDPに置き換えると分かり易いかな?

GDPとは国内総生産のことで、一定期間内に国内で新たに生み出されたモノやサービスの付加価値のことです。 国内企業が国外で生産した付加価値は含まれない。

生命エネルギー→本来の供給能力【潜在GDP】

ソウル→現実の需要【名目GDP】

ニュースでも聞く機会の多いGDPですが、主に名目GDP実質GDP潜在GDPの三つがあります。

名目GDPとはその生産数量に市場価格をかけて生産されたものの価値を算出して全てを合計することで求めます。

一方、ここから物価の変動による影響を取り除いたものを実質GDPといいます。

潜在GDPとは今現在の経済構造のもとで資本や労働などの生産要素が最大限に投入された場合の国内総生産の供給能力の限界点。

つまり、需要【名目GDP】が拡大して供給【潜在GDP】超えると物価上昇は加速するため、MMTにおいても国債発行額には制約があります。

経済学で紐解くダークソウルの貨幣論

GDPについイメージし易くするために、再び火の時代と黄昏の時代での比較イラストで解説します。

現実世界の経済においては、黄昏の時代【デフレ経済】を脱却するためには、本来の供給能力【潜在GDP】に対して現実の需要【名目GDP】の乖離部分であるデフレギャップを埋める必要があります。

これを実現しようとしたのが、忘れ去られつつあるアベノミクスでした。

何故、過去形になっているかと言うとアベノミクスつまり黒田バズーカ【日銀の量的緩和】発動の一年目までは成功の予感があったものの、残念ながら今では日銀だけが市場にお金をジャブジャブ流している状況であり、本来は政府の財政出動日銀の量的緩和の両輪が揃ってこそ、経済の好循環が生まれるはずだった。

これでは、ウォール街やシティの連中そして一部の投資家に甘い蜜を吸わせるだけで、いつまで経っても国民は豊かになることはありません。

自分で語っておいてアレですが、個人投資家としては胸に突き刺さる感じがします。しかし、これは昨今の実体経済と金融市場を見れば明らかですよね。

ここで冒頭で触れたMMTについての三つの要点を再度ダクソ世界を交えて考えていきます。

まずは先に言っておきますが、私はMMT推進派ですが狂信的なMMT信者ではありません。

経済学にも幾つかの派閥があり、ダクソでいう火継ぎ肯定派と否定派や白教や黒教会、ブラボでいう医療教会やカインハーストやメンシス学派みたいなものと思ってもらうと分かり易いかもw

自国通貨を発行できる政府及び中央銀行は財政赤字を拡大しても債務不履行になることはない。

財政赤字でも国は過度なインフレが起きない範囲で支出を行い需要を喚起する。

税は財源ではなく通貨を流通させる仕組みであり過度なインフレの調整弁としての役割りである。

世界経済はコロナ禍で大規模な財政出動する中、未だに日本では緊縮財政を行い続けているのもデフレ経済は政府にとっては都合が良くコントロールし易いからだと思います。

緊縮財政とは歳出を厳しく抑制する財政のことで、 景気の加熱を抑えるために財政当局が支出の削減や増税などにより総需要を引き下げる政策のこと。

日本もこのコロナ禍で大規模な財政出動をしていると感じてるいる方もいるとは思いますが、日本の場合はコロナ禍&消費増税&30年のデフレ経済のトリプルパンチを喰らっているKO寸前のグロッキーな状態ので、コロナ前に経済が戻っただけではデフレは終わらない。

そして、MMTで最も重要なことですが税金は財源ではないという事実。

コロナで財政が危ないから増税は仕方がないと考える人々は貨幣のプール論に支配されている。

政府は税金を国民から現金や銀行預金として徴収しますが、集めた税金をどこかに貯めて支出するわけではありません。

国民から徴税すると税収分の金額が銀行所有の日銀当座預金から政府所有の日銀当座預金に移動し、日銀当座預金を財源にするということは奪ったお金をまた元に戻すというだけで財源にはなっていません。

日銀当座預金とは金融機関が日銀に開設している無利息の当座預金。 金融機関、日銀、国との決済や金融機関が企業や個人に支払う現金の支払い準備、金融機関の準備預金のために利用される。

ネット上でとても分かり易い例えがあったのですが、親【貨幣の発行者】が子供【貨幣の利用者】から奪ったお金をお小遣いの財源にするってありえないですよね?

政府の財源は主として財務省証券や国債発行であり、政府は日銀に命令して政府所有日銀当座預金に振り込ませるだけのことなのです。

それなのに政府、官庁、財界、メディア、言論人によって事実を意図的に歪めて世論を扇動し、財源=血税国債発行=国の借金などと政府財政【貨幣の発行者】を国民家計【貨幣の利用者】に当て嵌めるなど明らかな意図を持って歪曲した情報を国民に垂れ流しています。

国債とは、 国家が財政上の必要によって国家の信用によって設定する金銭上の債務であり国家が発行する債券。

プライマリーバランスの黒字化を目指す狂った政府方針とそれを忖度するメディアを通じてMMT推進派は弾圧され一般世論の場では異常者扱いというより公の場から完全に排除させられる始末。

ここで言う政府とは、正確に言うならそれは官僚であり、「そりゃ言っちまえば、ざ、」「のうみ!」「…」話を戻しますw

プライマリーバランスとは、国や地方などの財政収支のこと。歳入総額から国債等の発行による収入を差し引いた金額と歳出総額から国債費等を差し引いた金額をグラフ化したもの。

国債発行=国の借金と一見すると正しいように思えるのですが、仮にそう表現するなら正しくは国債発行=国の借金【赤字】=民間【家計と企業財政】の黒字をいう事実をどうして捻じ曲げて伝えるのか?

昨年の国民への一律十万円給付など実に分かり易い事例で、結果として仮に十万円が全て貯蓄に回ったとしても、それは民間【家計】の黒字。

この流れを利用して米や欧州や中国の様に大規模財政出動による計画的な長期需要喚起政策があれば良かったのですが、残念ながら日本政府も世論は今後も緊縮財政に突き進むつもりです。

プライマリーバランスの黒字化を実現した時の政府の国債発行は確かに抑えれて嬉しいでしょうが、その時の経済状況は国民の家計と民間企業の財政は今ある黒字を失っていることになります。

厳密に言うと国民の家計と民間企業の財政はその性質が異なり、家計から貯蓄などがゼロになることはありませんが、需要を失った状況では企業は間違いなく投資を控えることになります。

その結果の大きなツケを最終的に誰が払うことになるかは言わなくても分かりますよね?

誰かの赤字は誰かの黒字、こんな当たり前の事実がスルーされてデフレ経済にも関わらず「増税は仕方がない、後世への負の遺産を無くそう!」という狂ったスローガンによって終わることの無い世界に類のない長期デフレに突き進み、30年に渡る黄昏の時代を迎えることになりました。

これは貨幣発行の実態、国債発行によって生まれる貨幣の信用創造のプロセスを理解せずに限られたお金が経済というプールの中を回っていると誤解している者が招いたミスリード。

貨幣の発行者たる政府および日銀はその力を正しく行使し、大規模な財政出動によって民間需要を喚起することで経済の好循環を生むことができる。

MMTはお金に関する私達の当たり前だった固定概念を壊し、ちょっと壮大なテーマに思えるかも知れませんが低迷する日本経済の打開につながる一歩になると考えています。

米や欧州そして中国もコロナで傷んだ経済を再生させる政策を今も打ち出しています、日本を除いて。

日本ではMMTにスポットが当たる機会は少ないですが、米では政治を巻き込んで大きな論争になっています。

またまた余談ですが、皆さんはふるさと納税を利用していますか?

あれって、まさに地方自治体【貨幣の利用者】が、他の地方と税収を奪い合う黄昏の時代の不死人と同じ状況なんですよねw

日本政府【貨幣の発行者】には通貨発行権がありますが、地方にはその力は無いから税収【地方自治体にとっては財源】を奪い合うしかない。

しかし、大切だから二度言いますが誰かの赤字は誰かの黒字、地方財政の黒字化と言えば聞こえが良いけど民間企業の財政と国民の家計は、果たしてどういう状況になっているのでしょうね?

MMTはデフレ経済の救世主なのか?

現実世界の経済においてもダクソ世界と同じく適切なインフレ経済を安定的にコントロールするのは極めて難しいと私は考えています。

ですが、どの学問でもそうであるように経済学にも絶対的な解決策などありません。

もし仮に、そんな神の一手があれば、そもそも論争にすらならないはずです。

MMTで語られる理論通りに経済がコントロールが本当に可能なのかは、残念ながらMMTは実行してみないと分からないのが現実だと思います。

米、欧州の今後の経済がどの様な状況になるかでMMTの真価が明らかになるはずです。

因みに中国は何年も前からMMTによって日本経済を追い抜いているので、答えは既に出ているような気もしますが、未来の事は誰にも分からない。

仮に大規模な財政出動によって発生する適切なインフレを税制によって実態経済をコントロールが出来たとしても、金融市場【株式、債券、先物、為替】という怪物がどのように動くかまでは誰にも予測できない。

これは過去の多くの金融市場による実態経済へのダメージを見れば明らかですが、それを乗り越え時代と共に市場は強固なものになっているように思えても、変わらぬマーケットの参加者の願いは利益の最大化です。

ここら辺はMMT推進派でも意見は分かれそうですが、私は株式投資を趣味でしているから断言しますが、市場が決まった方向に余りに急激に流れ出すとそれを止めるには劇薬が必要になります。

実体経済と金融市場、果たしてどちらに主導権があるのか分からなくなりますが、市場を在るがままに政府が放置することは何となく危険なことだと思いませんか?

だから、火の時代の様に需給をコントロールする者たちの手腕が問われることになり、30年前のバブル期に致命的な失策を重ねた政府は当時と同じ状況になることを恐れてるのかも?

ただし、今の段階で言えることはデフレ経済である限りは貨幣の力は富める者へ集中していき確実に闇の時代に堕ちていくことになります。

増税は好景気の過度のインフレを抑制や格差是正のために行うのであって、当たり前のことですが好景気に行うのが増税であり、不景気に行うべきは減税

MMTは所詮は机上の空論とおっしゃる方もいるとは思いますが、世界に類のない日本経済の黄昏の時代に起こったデフレと30年積み上げられた巨額の国債発行によって起こらなかったインフレをどう説明するのでしょうか?

コロナ禍で1年以上も傷付いた経済を考えると日本は闇の時代へと向かう後戻りできない段階に入っているのではないでしょうか?

実態としての三十年間積み上げられたデフレ経済という歴史の明らかな事実としてある以上は誰も言い逃れが出来ないのではないのでしょうか?

これは決して飛躍的な発想では無くソウルを貨幣として使用する不死人と今の私たちは繋がっているのでは無いのかと考えています。

そして、一人でも多くの人にMMTの存在を知ってもらい正しい貨幣観を持ってほしい。

闇に慣れた我々は照らされる月光で満たされるが、その光の道筋を辿った先には輝く太陽があることを人は忘れいるのではないか?

MMTによって全ての経済的な問題が解決とはいかないかもしれないけど、この小さな火こそが次の世代に引き継ぐための真の循環の輪の礎となることを願っています。

恐らく、この投稿では経済学とMMTについて説明不足な部分があり疑問が残る部分理解できない部分もあるはずです。

ですが、偉大な賢人たちによる討論や主張はネットに溢れているので興味ある方は調べてみて自分の頭で判断することをオススメします。

ダクソと経済って混ぜるにはさすがに無理があるかなぁと思いましたが、この投稿で経済に興味を持ってくれたら幸いです。ここまで読んでくれたことに感謝。それじゃ~また。

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